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大杉明神  
 

 保寿寺は現在鉄道高架下にあるが、鉄道線路付近ももとはこの寺の境内で、そこに大きな杉の木が立っていた。国分氏最後の領主で正宗の時に滅びた彦九郎盛重が、武器を埋めて鎮護の神とし、その上にこの杉を植えたとのことで、その下に祠がたち、大杉明神と呼ばれていた。

 明治に鉄道が敷かれた際、明神の祠は移され、大杉も切られたのだが、この時、大杉は切られることを悲しんで、夜な夜な泣く声が聞こえたという。

参考 『仙台市史』

   
   木が切られるときに泣いたという話はよくあるが、その痕跡を訪ねることができる場合は意外と少ない。切られたのだから当たり前である。その点、この大杉は、現在でも祠が残っていてほっと安心である。

 現在、東北新幹線高架下に保寿寺はあり、その他に東北本線も平行して通っており、非常に騒がしい土地になってしまってる。大杉明神の祠は、線路側の道から境内に入ったすぐのところにあった。なるべく元の場所からはなさないようにしたのだろうか。
 それにしても、こんな環境だと大杉のせせり泣く声ももう聞くことはできないだろう。大杉は、こうなることをわかって泣いていたのだろうか・・・。
 

高架下の大杉明神。
   
  mapion
若林区連坊小路。線路沿いの道から入ってすぐお堂がある。
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