保寿寺は現在鉄道高架下にあるが、鉄道線路付近ももとはこの寺の境内で、そこに大きな杉の木が立っていた。国分氏最後の領主で正宗の時に滅びた彦九郎盛重が、武器を埋めて鎮護の神とし、その上にこの杉を植えたとのことで、その下に祠がたち、大杉明神と呼ばれていた。 明治に鉄道が敷かれた際、明神の祠は移され、大杉も切られたのだが、この時、大杉は切られることを悲しんで、夜な夜な泣く声が聞こえたという。 参考 『仙台市史』