大昔、広瀬川は今と流れが違っていて、大水のたびに流域が変わるので住民の苦しみは一通りではなかった。その頃、近くに一人の行人が住んでいたが、村人たちを水害から救うという大本願を立て、人々が止めるのをふりきって人柱にたつことになった。行人は、「わしの振る鈴の音が、二十一日の間土中から聞こえてきたならば大願は成就されるであろう。」といって生き埋めになった。
その日から人々は土中に竹のくしをさしこみ、涙ながらに鈴の音に耳を傾けていたが、日に日に弱くなりながらもついに二十一日の間続き、絶えた。
その年の秋も大水があったが、その時に川の流れはすっかり変わり、それまで水害に苦しんだ村々は肥沃な土地になり、以降水害も無くなった。村人は行人の恩を永く忘れないように塚を築いて祀った。
参考 『仙台市史』、『宮城の伝説』(角川書店)