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狼(おいぬ)石
 

 昔、実沢の永沢家の人が仙台城下町へ駄馬で薪売りに中山道を通っていた。ある夕方、月急(がつき)坂で一頭の狼が口中に骨をひっかけて苦しんでいた。馬子は「骨をとってやるから害するなよ」といって骨をとってやった。狼は感謝する仕草で笹薮へ去った。
 その晩、馬子の家の庭先でドシンと音がしたので夜明けに見ると、一頭の猪が置いてあった。狼のお礼であったのだろう。

 それからは馬子の城下帰りの途中、狼が後になり先になり戸平山まで送るようになった。その後、馬子は昼の握り飯を2つ用意し、1つ残して別れるころ狼にやった。後年、その馬子が亡くなったとき、戸平山で悲しそうな狼の遠吠えがしたという。

 戸平山の「三峯山」の石塔は馬子の子孫が立てたもので、毎年4月1日のおにぎりを供え大きな声で「狼どんおぼたてにきした」と叫んでおにぎりを沢谷に落とした。昔はその声で狼が集まっても、害することがなかったという。

参考『泉市史』

   
   いわゆる「送り狼」の伝承。たいてい峠道に伝わる話だが、今ではすっかり住宅地と化し、峠の面影もない中山も、かつては相当寂しい場所だったのだろう。狼は現在大学病院のあるあたりにまで出たらしいから、中山峠を越える心理的恐怖は、想像に難くない。

 さて、その「おいぬ石」であるが、現在は高速道路わきの小さな空き地で、周辺から集められたのであろうたくさんの石碑に混じって立っている。こういうふうに何らかの理由で一箇所に集められた石碑は、そうそう無くなることがないだろうから、おそらく末永く残っていくことが予想される。
 ごく簡単な看板も立っているが、ここは一つ立派なやつを立てて欲しいところだ。

 ちなみに、「おぼたて」とは「産立」と書き、お産のお見舞いのことである。

 


おいぬ石(冬)。


おいぬ石がある高台からの眺め。


おいぬ石(春)。


おいぬ石が並んでいる様子。

   
  mapion
泉区北中山。仙台北環状線のジャスコの交差点を、聖和短大方面へ走る。そして、高速道路の高架の下をくぐったら、すぐ左に「おいぬ石」の看板が。そこから歩いて階段を登ると、石碑が並ぶ広場へ出る。
・・・ちなみに、まさかそうやって探す人はいないと思うが、東北道を北方向へ走っていると、石が見える(w。
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