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兜塚  
 

 前方後円墳とも円墳ともいわれる古墳で、八幡太郎義家が兜を埋めていったところから兜塚といわれるという。

 また、慶長6年の春、片平丁茂庭延元屋敷前の溝普請に従事していた小人組の者が反乱を起こし、向山下の覚範寺に立てこもって追っ手のためことごとく殺されたとき、小人の首級130(170ともいう)を埋め葬ったので初めコビト塚と称したのが後にカブト塚に訛ったものだといわれる。

 明治の初頭、塚の一部を崩して畑にしたところ長町に大火が起こった。塚を崩した崇りであろうという。

参考 『仙台市史』

   
   学術的なことからか、現在は柵で囲われている兜塚。こっそり忍び込んで撮影したのだが(^^;、大丈夫だったろうか?これから行く人は、その辺をちゃんと確認してから行ってください・・・。
 

兜塚。
   
  mapion 【Google Maps】
太白区根岸町。南高の裏にあたるところにある。
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