成田町はもと葛西氏に仕えた足軽が、主家滅亡後伊達家に取り立てられて桃生郡成田村から移住した町である。この社は彼らの郷土成田の氏神の分霊を勧請したものという。
縁起によれば貞観5年坂上大宿高道が蝦夷と戦って戦死し、その霊が龍に化して烈風雷雨を起こしたので、穴居の蝦夷はこれがために住居を失い非常に苦しんだ。 そこで蝦夷の酋長らが集まって話し合いの結果、これは朝廷から下された貴い将軍を害した報いであろう、と高道の霊を慰め静めるため社を建てて祀ったのが始まりという。
参考 「仙台市史」
伝説上は蝦夷が建てたことになっている箱石神社。似たような話として石巻の田道将軍の墓があり、やはり蛇となって蝦夷に罰を下している。おそらくこれらには関連性があるのであろう。 坂上高道は田村麻呂の子。また、津軽猿賀神社の伝説では田村麻呂が田道将軍の力を借りて蝦夷を征伐している。田道将軍と田村将軍が東北地方の伝承でどのようにからんでくるのか、それを調べていくのも面白そうだ。
ところでこの箱石神社、裏手にまわってみると、なにやら四角い石に穴がポッカリ空いたものが柵に囲われてあった。これが箱石でしょうか?御神体?知っている方がいらっしゃいましたらご一報くださいませ。