■安珍地蔵尊
白石で生まれた安珍という僧がいた。
安珍は、若いときに両親と死別し、角田市の東光院(現在廃寺)に入って修行を始めた。そして、受戒した後に奥州白河でさらに修行し、紀州熊野三山に参ろうと旅立ち、紀州のとある名家に一夜の宿を借りた。
ところが、その家の娘清姫と恋仲になったものの修行の妨げになるのを恐れ、その家を逃げ出した。しかし、清姫がどこまでも執念深く彼のあとを追ってきたので、安珍は逃げ場を失い、ついに道成寺へ駆け込み、鐘の中に身を隠した。
だが、恋に狂った清姫はついに蛇体と化し、その鐘に巻きついて、その灼熱の恋の熱気で安珍を焼き殺してしまったという。そして、その安珍の追善供養のために、地方の人が建てたのが安珍地蔵尊であるという。
この地蔵尊の足を誰にも知られずに舌でなめてお参りすると、苦しまずにコロリと死ねるといわれている。
■大味が金持ちになった話
昔、延命寺の不澄ヶ池(すまずがいけ)のそばのケヤキの大木に妙な噂があった。
近くに住んでいた大味(だいみ)こと鈴木味右衛門(みうえもん)は、それを聞き、それでは俺が事実を確かめよう、と張り切り、ある夜、わざわざ夜が更けるのを待って、この木の下を通った。すると、噂どおり木の上から「おぶさってぇ」という声がし、子供の泣き叫ぶ声も聞こえた。
肝っ玉のすわった味右衛門も、さすがにどきりとしたが、「そんなにおぶさりてぇのなら、この俺におぶさってみろ」と大声で叫んだ。すると、なにやら皮袋のような重いものがドスンと肩に落ちてきた。味右衛門は一瞬気味悪く思ったが、ためらわずに両手を後ろに回し、それをしっかりつかんで、一目散に家に向かって走り帰った。
家に着いた味右衛門は、一休みして夜が明けるのを待ち、その袋を開けてみたら、大判・小判がぎっしり入っていたという。
大味はそれから運が開け始め、うーめん(白石名物)の製造を始めた。また、酒の醸造も始めて一層商売が繁盛し、白石有数の金持ちになって、苗字帯刀御免の大商人になったのだという。
参考 『白石市史』