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鬼の手掛石
 

 昔、京都の朱雀大路の南端の羅生門に、いつの頃からか鬼が現れ、人々を悩ませていた。それを聞いた源頼光四天王の一人、渡辺綱は、早速羅生門へ鬼を退治に向かった。

 果たして鬼は 現れ、激しい戦いになった。そして、その戦いの末、ついに綱は鬼の右腕を切り落とすことに 成功した。鬼は「いつか取り戻してやる」と叫んだ後、右腕を置いて命からがら逃げ帰ってしまった。

そこで綱は、切り取った腕を厳重に隠し、逃げた鬼を求めて日本全国を旅し、ついに 村田の地へやってきた。(この地は綱の実家なのであって、綱は単に故郷に帰ってきたのだ、という 話もある。)

綱がこの地に滞在していると、ある日、伯母が訪ねてきた。そして、切り落とした鬼の腕を見たいと 言った。伯母の頼みは断れない。そこで綱が入れ物のフタを少し開けたその瞬間、伯母は鬼に変化し、 あっという間にその腕を奪い、逃げ去った。その伯母は鬼が化けたものだったのである。 綱は急いでその後を追ったが、とうとう逃してしまった。

鬼が逃げる時、川をあわてて飛び越えようとして、すべって石に手をついた。 その時の手形のついた石が、今でも残っている。

参考 『宮城県史』

   
   村田町役場の程近く、城山公園の隣りに、「歴史みらい館」なるものがある。実は、ここに来るのは二回目。一回目に来た時は、 悲しいかな休館日だっのだ…。しかし、この日はしっかり事前に調べて、拝観することができたのだった。
 展示室には、村田町の歴史がよくわかる資料が並んでいるが、今回の目当ては、なんといっても「鬼の首のミイラ」。巨大でちょっと胡散臭い そのミイラ、いかにもな鬼の顔をしていて、両手までついている。由来などは一切不明なのだが、この町には「茨木童子」 の伝説があり、もしやそれと関係があるのでは…などと考えてしまう。
 その他、そこには、昔の民家でカマドのそばに飾られていた、土製の「カマド神」の面などが展示されているが、残念ながら写真撮影は不可である。

 さて、次は茨木童子伝説の「鬼の手掛石」。歴史みらい館でその場所を聞き向かう。少々離れたところで、「民話の里」という施設のそばにあった。
 渡辺綱から右腕を取り戻した鬼が、逃げる時にすべって片手をついたときの跡が、くっきり残っている。おそるおそる自分の手を合わせてみると、…ぴったり!ぞっとするほど人の手の形をしているのである。それにしても、なぜ石にこのような手の形のくぼみができるのだろうか…。不思議である。
 

手掛石。

手形のアップ。
   
  mapion
村田町小泉。たぶんこの地図のところだったと思う。「民話の里」という施設のそばにある。

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