笠島の智福院のそばに農家があり、召使の少女がいた。
少女は、米を洗うごとにその池に住んでいた蟹に少しずつ米粒を与えるのが常であった。蟹はこれに慣れ、時刻になれば必ず水際に現れていた。
ある日この少女がひるげを田草取りの人々に送り届けようと田圃道を歩き、葉舞場橋にさしかかったところ、1人の美少年が少女の前に立ちふさがった。こうしたことには全くうぶな少女は、かぶった笠をとられたまま逃げ、目的のところへ急いだ。
やがて同じ道を帰ってきたところ先の笠が道の辺に捨てられてある。何気なくこれを取ってみるとおそろしや大きい蛇がとぐろを巻いていたので、息を切らし一目散に走ったが、執念深いこの大蛇は後から追いかけてくる。
最早追いつかれそうだと思った少女は智福院の高殿に逃げ込んで経びつの中に身を隠した。
しかるにどこからともなく数十匹の蟹があらわれ出て、その蛇をずたずたに切った。ために少女は難をまぬがれ、今その池を萩の倉池という。
これは先の蟹の報恩であること明らかであると今も伝えている。
参考 『名取市史』