トップページ宮城の伝説仙南>各伝説    <凡例
 
蟹王物語
 

 笠島の智福院のそばに農家があり、召使の少女がいた。

 少女は、米を洗うごとにその池に住んでいた蟹に少しずつ米粒を与えるのが常であった。蟹はこれに慣れ、時刻になれば必ず水際に現れていた。

 ある日この少女がひるげを田草取りの人々に送り届けようと田圃道を歩き、葉舞場橋にさしかかったところ、1人の美少年が少女の前に立ちふさがった。こうしたことには全くうぶな少女は、かぶった笠をとられたまま逃げ、目的のところへ急いだ。

 やがて同じ道を帰ってきたところ先の笠が道の辺に捨てられてある。何気なくこれを取ってみるとおそろしや大きい蛇がとぐろを巻いていたので、息を切らし一目散に走ったが、執念深いこの大蛇は後から追いかけてくる。

 最早追いつかれそうだと思った少女は智福院の高殿に逃げ込んで経びつの中に身を隠した。

 しかるにどこからともなく数十匹の蟹があらわれ出て、その蛇をずたずたに切った。ために少女は難をまぬがれ、今その池を萩の倉池という。

 これは先の蟹の報恩であること明らかであると今も伝えている。

参考 『名取市史』

   
 

 名取市郊外の田園の中に(と言っても最近は住宅地化が進んでいるが)、その名も蟹王山智福院がポツンと建っている。

 お寺ではこの伝説をよく伝えていて、住職お手製のパンフレットをいただいた。中には蟹王山物語と縁の深い『笠島弁財天縁起』のテキストが載っており、『名取市史』のテキストと比べ、少女の名が「お倉」というなど、細かいディテールが異なる内容である。

 この物語、昔から村人に愛されてきたもののようで、平成9年に境内からかつて奉納されたものらしい金銅製の蟹の像が出土したのだという。お堂の中に飾ってあって拝見することもできた。なかなか大きく立派なもので、みものである。

 この他境内には弁財天と蟹の銅像なんかもあって、決して広くはないが見所の多いお寺だ。是非とも足を運ばれることをオススメする。

 なお、この物語の類話は、京都蟹満寺の伝説として有名である。

 

蟹王山山門。

境内にある蟹と弁天の像。
   
  mapion
名取市愛島笠島。周辺は住宅化が進み古い地図が通用しないので注意。小学校をとりあえず目指そう。お寺に行ったら、是非お寺の方に話を聞いてみるべし。
 トップページ宮城の伝説仙南>各伝説    凡例