●三湖伝説よもやま話●

 

三湖伝説にまつわるサイドストーリーのようなものを、

面白半分、アトランダムにつらつらと述べてみた。

三湖伝説の奥の深さみたいなものが見えてくるかもしれない。

●八郎と八郎太郎、どっちが正しいの?
 八郎の呼び名であるが、津軽地方では八郎、南部地方では八ノ太郎、秋田では八郎太郎というらしい。
 ちなみに、南祖坊も様々な漢字の当て方があり、南僧坊、南宗坊、南蔵坊、南層坊、南草坊、難蔵坊、安寿坊、大満坊などがあるらしい。
●八郎はサラブレッド
 意外と知られていないかもしれないが、八郎はいわゆる「蛇婿入り」で生まれている。つまり、立派な蛇の血が流れているというわけだ。
●南祖坊最大の危機?

 南祖坊全国行脚中の話。休憩中の南祖坊に、1人の絶世の美女が近寄ってきた。その美女は、占いによって判明した前世に契った夫を探しており、それがまさに南祖坊なのだという。
 美女は南祖坊にせまり、さすがの南祖坊も心が揺らぐが、自らを一括し、美女を残して韋駄天のごとく走り逃げだした。
 美女は悲しみのあまり声も涙も枯れ果て、そのまま岩と化した。松倉の岬がそれであるという。
 南祖坊は、ここでせっかく我慢したのに、辰子の美しさに折れ、八郎に負けてしまう。ストイックさを失った僧侶は無力だというのだろうか・・・?

●八郎と辰子の出会い
 八郎と辰子の詳しい馴れ初めは、意外と語られることは少ない。一説によると、八郎が人間だった頃の恋人が、やはり人間だった頃の辰子だったという。なんだかすごいカップルである。
●南祖坊の名前の由来
 南祖坊は、幼名を南祖丸といった。南祖丸の父親は、関白藤原是真。政敵の策略によって流浪の身となり、現在の青森県名川町の地へと流れ着いたという。南方(京都)に祖先があるということで、南祖丸なのである。
  となると、先に述べた南祖坊の漢字が違うのはつじつまが合わなくなってしまうのだが・・・。
●伝説の裏には・・・
 伝説の裏には真実が隠れている。藤原の血を引く南祖坊が現地のマタギの子である八郎を退治し、追いやる話は、京都の大和人が蝦夷などの原住民を駆逐する過程を描いているのではないか?
 また、この話は羽黒系の修験と熊野系の修験の争いの結果、熊野系(南祖坊)が勝ったことを意味するのではないかという話もある。
●八郎を退治した第二の男

 八郎潟を創った八郎は、なぜかその棲家を捨て、新たに男鹿の一の目潟に棲もうとした。凍らない潟を探していたからとか、一の目潟の女神に惚れたからとかいう。
 いずれにせよ、一の目潟にもともと棲んでいた神にとっては大迷惑である。そこで潟の神は、男鹿真山神社の神職で弓の名手、武内弥五郎という男に八郎退治を依頼した。
 弥五郎はこれを引き受け、見事に八郎の片目を射抜くことに成功したのだが、八郎の逆鱗に触れて祟られ、子孫7代まで片目の子供が生まれたのだという。

●八郎の田沢湖通い
 八郎が田沢湖へ通うことによって、八郎潟は冬凍るようになり、田沢湖は凍らないようになったという話があるが、また一説には、八郎潟は年々浅くなり、田沢湖は年々深くなったという話もある。皮肉なことに、八郎潟はとうとう陸地になってしまったわけなのだが・・・。

★参考★

『十和田湖の伝説』(高瀬博)
『水神竜神十和田信仰』(小舘衷三)
『辰子姫と八郎太郎・伝説の田沢湖』(東奥文化会)