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化け石と子持ち石

 むかし、尾形権左衛門という庄屋がいた。
 ある日、権左衛門が隣村に用足しに行っての帰り道、大きなの側を通ると、「お願い申す、お願い申す」という声がする。辺りを見回しても、人の影は無い。変なこともあるものだと、再び歩き出すと、また「お願い申す、お願い申す」という声がする。どうやらそのから聞こえてくるらしい。
 気味悪さもあって、権左衛門はあわてて「どんな頼みだ」と聞くと、「子供達がおなかをすかせて困っております。どうぞお助けください」という。権左衛門は、それはかわいそうだから、「もう化けないと約束するのなら、食べ物を届けさせよう」と答えて、家に帰った。
 家に帰った権左衛門は、米一表ぶんものおにぎりを届けさせた。届けた下男が言うには、からたくさんの手が出て、たちまちおにぎりが無くなってしまったのだという。
 次の日、権左衛門はそののところへ行ってみた。そして、「おまえさんの子供達は、腹いっぱい食べたかな」と言うと、は、小さなを差し出した。「ありがとうございます。お礼に、このをあげましょう。この石は子持ち石と言って、池の中に入れておけば、子供を産みます。次々と子供が産まれるように、あなたの家も繁盛するでしょう」とのことであった。
 権左衛門が言われたとおりにすると、尾形家はその後栄えた。上山のお殿様がこのことを聞き、を献上するように言ったので、権左衛門が城に持っていったが、その晩のうちに戻ってきたといい、そんなことが何度かあったという。


参考 『山形県最上地方の伝説』(東北出版企画)


◆またたびの独り言◆

 薄暗い茂みの中に、化け石は確かにその巨体を見せていた。その周りに転がっている大小の石ころが、子供たちっていうことになるんだろうか。石が大きく育つ、子供を産むというのはそれほど珍しいもんでもなく、そういう石は大抵神様として祀られていたりしている。
 さて、今回の旅で面白かったのが、尾形権左衛門が持ち帰った子持ち石の所在もはっきりしたことである。
 尾形家は現在、旧家として保護されていて、見学することができる。そのときに案内してくださった方(多分尾形家の方)が、その石は確かに池の中に沈んでいるらしい、と教えてくださった。その方の父親の代に、一度取り出したのだそうで、そのときは2つあったのだそうだ。また、尾形家には、その石に関する古文書なんかもあった。
 なお、子持ち石は現在神様として祀られていた。


化け石。

化け石と。

子持ち石を祀った碑。

尾形家邸宅。

★関連伝説地★

特になし

★アクセス★


上山市下生居。旧尾形家邸宅の手前数十メートルくらいの地点に石がある。


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