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弥三郎婆

 戦国の時代、高畠町の一本柳に、弥太郎という武将がいた。
 ある日のことである。弥太郎は、不思議な霊夢を見たので、村の巫女に占ってもらうと、「東の山で狩をするがよい」との結果が出た。弥太郎は、早速部下をつれ、東の鳩峰山へ向かったのだった。
 弥太郎は先頭になってずんずん進み、とうとう山の頂まで一気に登ってしまった。すると、そこには十数人の天女たちが、琴をかき鳴らしているではないか。弥太郎の存在に気づいた天女たちは、驚いて次々と空へ登っていたが、ただ一人、残った天女がいた。聞くと、天に登るための羽衣をなくしてしまったのだという。
 弥太郎は、その天女に琴を聞かしてくれと頼んだ。そして、涙ながらに弾きだした天女の琴の、悲しげに澄んだ音色に弥太郎は心を奪われ、「おらの嫁になってくれ」と言うが早いか、天女を自分の馬に乗せて村に戻ったのであった。

 天女は名を岩井戸と名乗った。やがて二人の間には、一人の息子が生まれた。弥太郎はその子を弥三郎と名づけた。
 しかし、幸せなときも束の間、弥三郎十三歳のとき、父弥太郎は、戦乱の中で息を引き取ったのであった。
 母の岩井戸弥三郎に、「おまえのこれからの仕事は、早く一人前になって、父の仇を討つことだよ」と言って聞かせ、弥三郎に嫁をつれてきた。弥三郎は、その嫁と婚礼の儀をかわしてすぐ、修行の旅に出たのだった。
 弥三郎が旅立って翌年には、嫁は玉のような男の子を産み、岩井戸は大喜びしたが、不運にも百日咳にかかってあえなく死んでしまった。そして、その母(弥三郎の妻)も翌年 、子供の後を追うように死んでしまう。
 夫の弥太郎に先立たれ、息子の弥三郎は旅に出、せっかく連れてきた嫁、そして何にも増してかわいい孫にも死なれ、岩井戸の悲しみは、たとえようもないほども深いものであった。岩井戸の髪は一夜にして真っ白に変わり、顔はみにくくゆがみ、まるでのような形相になってしまったのであった。

 七年の歳月が流れた。修行を終え、立派に一人前になった弥三郎は、早く母に会いたさに、夜も明けやらぬのに山道を急いでいた。しかし、ふと気づくと、なにやら数人に囲まれていることに弥三郎は気づいた。
 「やいやい、ここを通るやつは、身ぐるみ置いていけ!!」それは山賊であった。だが、ここでひるむような弥三郎ではない。抵抗する素振りを見せると、山賊どもは、数十匹の白い狼とともに襲ってきた。
 修行をつんだ弥三郎は、山賊や狼を切ってはかわし、切ってはかわししていたが、きりが無い。ふと見ると、暗闇の中に、白髪の老婆が狼をしかりつけているのが見えた。弥三郎は、「このばばあこそが狼使いだな」と見破ると、さっと飛んで行き、ばばあの片腕をさっと切り落とした。すると、狼たちの動きが鈍くなった。「やはりそうだったか」と思って再びばばあの方を振り返ったが、いつの間にかばばあの姿は消えていた。
 なんとか山賊の手から逃れた弥三郎は、切り落としたばああの片腕を手に、ようやく家にたどり着いた。「おっかあ、今ついたよ。弥三郎だよ」と戸をたたいたが、返事が無い。不思議に思った弥三郎が家の中に入って見ると、家の中は荒れに荒れ、岩井戸がただ一人、病気の様子で床についているのが見えた。
 「おっかあ、大丈夫か」と駈け寄った弥三郎は、荒れ果てた村の様子を嘆きつつ、先ほど出会った山賊の話をして、切り落としたばばあの片腕を母に見せた。
 すると、岩井戸はいきなりその腕にしがみつき、「これこそはわしの片腕だ。おまえが旗揚げをする軍用金のために、山賊まがいのことをして富をたくわえてきた。おまえに片腕をとられるとは、嬉しいやら、悲しいやら、ともかくも悪道を働いたわしはもうここにいることはできない。さらばじゃ」と言い放つと、片腕を自分の身体にくっつけ、のような形相に変わり、雲を呼び風を起こして姿を消してしまった。
 弥三郎はその後山にこもってしまったと言うが、定かではない。

 そののち、岩井戸は越後国の弥彦山に隠れ住み、弥三郎婆と名乗り、悪行をやめて善行をつんで、「わしを神に祀ってくれたなら、のちのちまで悪病退散と縁結びを守ります」と言って亡くなったという。
 それで、この婆を妙多羅天の神とあがめ祀り、特に子供の百日咳に霊験があるとして祈願されているのだという。

参考 『出羽の伝説』(角川書店)


 なかなかしっかりした骨太の物語ですが、「悲しみのあまり鬼になってしまう婆」ってのは黒塚のお話に近いものがあるし(岩井戸っていう名前も似てる)、「切り落とした片腕を取り返す」ってのは茨木童子を思い起こさせる。さらに、弥太郎の導入部分は天女のよくある話だし。物語ができた年代とかは調べてみないとよくわからないのだが、もしかしたら関係があるのかもしれない。でも、わかりもしないのにあれこれ推測するのはこの辺でやめておこう(^^;。
 ちなみに、弥三郎婆は新潟の伝説の方が有名なようだが、物語の方はかなり違いがある。
 さて、山形の弥三郎婆にまつわるモノだが、2ヶ所ある。ひとつは、弥三郎婆が神として祀られている妙多羅天のお堂。伝説の説明板もあるものの、人目につかないようにひっそりと建っていた。
 もうひとつは、おっかな橋。田園風景の中にぽつんとある。弥三郎婆が現れた「おっかない橋」という説と、弥三郎が婆を「追いかねた橋」という説があるようだが、いずれにせよ、橋のたもとには石でできた立派な説明があって、なかなか良い。


妙多羅天のお堂。

おっかな橋。

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特になし


おっかな橋は、地図上の古峰神社の道をまっすぐ下へ。市販の地図にも載っているはず。


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