■犬の宮■
奈良時代の頃、突然都から役人がやって来た。そして村人を集め、こう言った。 「この里では昔から米も納めず田畑を作っていたが、今年からは米のかわりに毎年、
春と秋には子供を差し出すように。」それからというもの、村では毎年、大変悲しみ困っていた。
ある年、文殊堂帰りの座頭が道に迷い、この村にやって来た。そして、一夜の宿を頼んだところが、今年の人年貢を差し出す家であった。座頭が泊まっていたある夜、役人が現れた。ご馳走を食べながら役人は、「甲斐の国の三毛犬、四毛犬にこのことを知らせるな」と、何回も念を押していた。それを耳にした座頭は早速甲斐の国に使いをやり、
三毛犬と四毛犬を借りてこさせ、村人にいろいろ知恵を授け、村を去った。
村人は座頭に言われた通りに早速役人を酒席に招き、酔いが回ったところに2匹の犬を放ったところ、
役人と犬は大乱闘になった。あたりが静まり返った頃おそるおそる座敷を覗いてみると、
血の海の中に子牛のような大狸が2匹と多数の荒狸が折り重なって死んでいた。
そばには三毛犬、四毛犬も息絶え絶えに横たわっていた。村人は必死に手当をしたが、
その後とうとう犬は死んでしまったのだった。
この村を救った犬を村の鎮守とせよとのお告げにより、まつったのが現在の犬の宮だという。
■猫の宮■
奈良時代の終わり頃、この辺りに猫好きの庄屋がいた。何回も猫を飼って可愛がったのだが、 不思議と猫は必ずいつの間にかいなくなってしまうのだった。
そこで庄屋は、犬の宮に猫を授けてもらえるように願をかけた。するとある日、庭先に一匹の子猫が
迷い込んできた。これぞ神様が授けてくださった猫であると庄屋は喜び、玉という名前をつけて
大切に育てた。玉は庄屋夫婦によくなつき、どこへ行くにもついてきたのだった。
そんなある日、妻が突然病気にかかり、どんなことをしてもいっこうに良くならない。むしろ 日に日に悪くなっていった。玉はそんなときでも妻のもとを離れようとはせず、便所の中にまで
ついてくるので、庄屋夫婦もさすがに気味が悪くなってきた。ある時、庄屋は試しに妻の着物を着て 便所に入ってみた。やはり玉は一緒に便所に入ってきて、庄屋の側に座ったかと思うと、
なにやらひたすら天井の方へ首を伸ばす。あまりにも怪しい動作だったので、庄屋はとうとう 玉の首を切ってしまった。その瞬間、「ギャーッ」という悲鳴がしたかと思うと
玉の首は天井裏へ飛んで行き、天上で激しい振動と物音がしだした。しばらくして物音が静まったかと
思うと、庄屋の前に大きな黒いものがドサッと落ちてきた。良く見るとそれは大きな蛇で、玉の首が
しっかりとそれに噛み付いていたのだった。
妻の病気の原因は玉ではなく、玉はむしろ妻を守ろうとしていたのである。そのことに気付いた
庄屋は、大変悔いた。やがて妻の病気は良くなり、夫婦は屋敷の隅に祠を建てて玉の供養をした。
これが今の猫の宮の始まりだという。
参考 『季刊怪・七号』