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与次郎稲荷

 江戸時代のはじめ、秋田に転封されてしまった佐竹義宣は、久保田山頂に屈強な城を築いていた。
 そんなある夜、義宣の枕もとに白髪の老人が現れた。「わたしたちは、この山に古くから住む白狐です。わたしたちの住処が壊されています。どうか少しでもわたしたちに土地を与えてください。そうすれば、きっと城をお守りいたします。」
 はじめは気にもとめずにいた義宣公だったが、そんなことが毎晩のように続くので、ようやくに土地を与えてやることにした。

 数日過ぎたある日、義宣の前に、与次郎という飛脚があらわれた。この若者は、秋田と江戸の間をたった六日間で往復し、さらに忠実に職務をこなしたため、大変重宝された。

 与次郎は、出羽の六田の地を通る際、決まって間右衛門という男の宿に泊まることにしていた。間右衛門には、お花という娘がいた。
 お花は、ときどきやってくる与次郎に、密かに恋心を抱き、やがて与次郎にその心を告げた。しかし、与次郎は、「自分は本当は白狐である」ということを告白する。だが、たとえそうであったとしても、お花の恋心はつのるばかりであった。


 そのころ、佐竹の不穏な動きに幕府が目をつけ、さかんに秋田に隠密を送った。しかし、幕府の動きは全て与次郎が義宣に伝えたし、幕府の隠密は全て与次郎の手によって殺され、ひとりとして江戸に戻ることはなかった。
 やがて隠密組もようやく与次郎の存在に気が付き、必ず立ち寄るという間右衛門の宿をかぎつけた。

 隠密はさっそく間右衛門に会い、「ぜひ力を貸してくれ」と、小判をちらつかせた。金に目がくらんだ間右衛門は、「やってみましょう」と、与次郎を討ち取る計画に加わることにした。
 しかし、隣りの部屋では、お花がこの話をこっそり聞いていた。身もさけんばかりに驚いたお花であったが、そのとき、何も知らない与次郎が宿にやってきた。
 間右衛門は何食わぬ顔で与次郎を部屋に通し、与次郎もすぐに寝込んでしまったが、そこへお花がやって来て、与次郎を起こすと、密かに事の次第を告げた。
 「ありがとう、お花さん」とお礼を言った与次郎は、宿屋の裏口から密かに逃げ出した。
 すると、どこからともなく、油揚げのおいしそうな匂いがぷーんと漂ってくる。空腹であった与次郎は思わず匂いのする方へ近寄っていったが、ふと我に帰り、「いけないいけない、今は職務中だ。早く秋田の殿様へ手紙を届けなければ。」と、戻ろうとしたが、「いや待てよ、これをこのままにしておいては、あとから来る仲間たちが大変だ。どこかへ捨ててしまおう。」と考え、再び油揚げに近づいていった。
 そのとき、どこからかブーンと矢が飛んできて、与次郎の左眼に突き刺さった。
 与次郎はよろよろとよろめき、秋田へ届けるはずであった箱を空高く投げると、「お殿さまー!」と叫んで息絶えてしまった。
 「ひっひっひ、今夜は狐汁のごちそうだ。」草むらの中からでてきたのは、この村に住む性悪の猟師、谷蔵であった。

 秋田の義宣公は、与次郎の帰りを今か今かと待っていたが、庭の木に、見覚えのある箱がかかっているのを見つけた。
 「与次郎の身に何かがあったに違いない。」と、早速様子を探らせると、与次郎が殺されてしまったことがわかったので、義宣公は悔し涙に暮れたという。

 与次郎の死体はお花の手で厚く葬られ、お花はどこへともなく姿を消してしまった。
 間もなく六田の里には異変が続いた。
 まず谷蔵が発狂し、妻子を殺したあと自殺してしまった。そのあとも村には疫病が流行ったり、大火災が起こったりした。これを与次郎の祟りであると恐れた村人は、早速与次郎与次郎稲荷大明神として祀り、それからは怪しいことは起こらなくなったのだという。


参考 『出羽の伝説』(角川書店)


◆またたびの独り言◆

 東根市の繁華街にある観光地、与次郎稲荷。訪れたのが月曜日の昼間という時間帯だったせいか、おじいちゃんおばあちゃんがゲートボールの真っ最中。老人の聖域に立ち入っていいものかと、なんとも入りずらい状態であった(笑)。
 さて、与次郎くんですが、仲間のために命をおとしてしまうとは、なんともいいヤツというか、おまぬけなヤツというか、きっと実直なヤツだったのだろう。
 ちなみに、似たような話が長野(山梨だったかな?)に伝わっているそうだが、そちらでは油揚げ作戦にまんまと引っかかって殺されたことになっているそうな。
 それを、「仲間のために近寄ろうとしたのだ」と解釈してしまうあたり、与次郎に同情した村の人々の温かい心が伝わってくるようである。


巨大な鳥居。

与次郎稲荷社殿。

神社の狛犬。


ヨジロウはスポーツの神なんだそうだ。

★関連伝説地★

特になし

★アクセス★


東根市蟹沢。四ツ家バス停のすぐ近く。


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