■白龍湖■
昔、とある村に、おそのという少女がいた。
ある日、おそのの家に、旅の商人がやってきた。そして、「娘さんを、ぜひ越後のわたしの家の息子の嫁にしたいのだが。」と父親に話すのだった。父親は、よろこんで承諾したものの、おそのはまだ若い。「いずれ嫁にいくのに丁度良い年頃になったら、越後へ連れて行ってくだされ」と言った。
それを聞いていたおそのは、「今すぐにでも越後へ行って、お嫁に行けるまで働かせてもらえば、この家の食いぶちも減り、お父さんもお母さんも楽になる。連れて行ってもらおう。」と決心し、次の朝、家をあとにした商人のあとを、密かに追っていった。
しかし、旅慣れた男の足と、まだ若い女の足である。おそのはたちまち商人を見失ってしまい、疲れた足をひきずるようにして、赤湯のとある百姓の家へやってきた。
赤湯ではその頃、稀に見る日照り続きで、お坊さんの祈祷も全く功をそうしない状態であった。
「なんだってまず、こんな日照りのときに旅なんて…」家の人は不思議がったが、おそのの話を聞いて、「その男は、うまいことを言って若い娘を連れ出し、人買いに売り飛ばす悪いヤツだ。信用しちゃいかんぞ。」と忠告した。
真相を知ったおそのだったが、もはや家へ帰る体力もない。そこで、赤湯の湯宿でしばらく働くことになった。
そのころ、赤湯の近くの山では金や銀、銅などが取れたものだから、米沢の役人がよくやって来ていた。
その役人の中に、一人の若侍がいた。役人達は仕事が休みになると山を下りてきて湯につかっていたが、その若侍はある時おそのに出会い、やがて二人は恋に落ちた。
なにしろ小さな集落である。二人のことは村人や役人たちの評判となり、若侍の母親の耳にもすぐに入った。おどろいた母親は、身分の違いを息子に何度も言い聞かせたのだが、若侍はまったく聞く耳を持たない。
これではらちがあかないと思った母親は、おそのに言った方が近道であると思い、早速おそのに会うと、「若い二人のことはわかるけれども、おまえたちは身分が違う。このままでは二人とも不幸になってしまうから、心を鬼にして別れてくれないか」と頼み込んだ。
心の優しいおそのは、悲しい決心をくだし、泣く泣く別れの手紙を書いたのであった。
その手紙を読んだ若侍は、顔色を変え、おそののところへ駆け込んだ。「おその、お前は他の男が好きになったのであろう、この売女め!」
若侍は怒鳴ったが、おそのは何の言い訳もしないで、ただじっと顔を伏せている。気が動転した若侍は、ついに刀を抜いた。驚いたおそのは夢中になって逃げ出した。
おそのを追った若侍は、とうとう沼のほとりまでおそのを追い詰め、思わずおそのを斬ってしまった。
その晩、むくむくと黒い雲が張り出してきた。そして、じたじたと雨が降り出した。
「恵みの雨じゃ、ありがたい雨じゃ」
村人は最初大喜びであったが、雨は幾日も幾日も降り続く。やがて沼の水が溢れ出し、村人は大いに慌てふためいた。
「おらぁ稲妻の中に、巻物を加えた白い龍が天に登るのを見たぞ!あれはきっとおそのだ」
「俺は東正寺の山門を、大きな赤い牛がぶっ倒しているのを見たぞ!あれもおそのじゃないかな」
沼は日一日と広がっていき、ようやく雨がやんだ。しかし、沼は大きくなったまま、もとに戻ることはなかった。誰がいうともなく、その沼は白龍湖と呼ばれるようになったという。
■白龍湖・別話■
・その1
あるとき白龍湖周辺の村に旱魃が続き、祈祷も功をそうしなかった。
巫女に占ってもらうと、「村一番の美女を龍神にささげるのだ」とお告げがあった。村人は美女を探しだして、無理矢理湖に沈めると、ようやく雨が降ったという。
今でも湖に沈められた女のすすり泣く声が聞こえることがあるという。
・その2
昔、赤湯の東正寺の若い僧に恋をした美女がいたが、その僧と添い遂げられないのを悲しんで湖に身を投じ、その湖の主の白龍になって天に昇ったという。
・その3
東正寺の何代目かの和尚が、大変なげてもの食いで、こっそり食べた牛肉の味が忘れられなかった。それでときどき牛肉を手に入れては、戒律を破って食べていた。
ところで、白龍湖の雷神の使いは牛であった。あるときその牛が東正寺の山門のところまでやって来て、「和尚、出てこい、出てこなければこの山門をぶち壊すぞ!」と怒鳴ったが、和尚はふるえて出て行けなかったので、牛は頭突きで山門を壊してしまった。
そして、その後の住職が何度山門を建てても、その晩に牛がやって来て壊してしまったのだという
参考 『出羽の伝説』(角川書店)